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向山 聖也 さん

いわきFC ~子どもから大人まで熱狂できる持続可能な地域のクラブへ~

1988年、いわき市出身。いわき市立中央台南中学校卒業後、福島県立湯本高校を経て神奈川大学人間科学部へ進学。小学校・中学校・高校とすべてサッカープレイヤーとして全国大会に出場し、プロを目指してサッカー強豪の神奈川大学に進学するも、大学サッカー部の入部テストに不合格。プロサッカー選手になる道を諦め、自暴自棄になる中で、あるキッカケにより「応援する」というサッカーの別の楽しみを見つける。震災後、いわきへUターンし、子どもから大人まで熱狂できる持続可能な地域のクラブを地元いわきに創るため、いわきFCを設立。地域の子どもたちへのサッカーコーチや、フットサルコートでの仕事等で生計を立てつつ、クラブ運営に奔走する毎日。

インタビュー日時:2013年10月6日

記事提供:ふくしま人図鑑

向山さんにお聴きする3つのキーフレーズは・・・

  1. え、俺が入部できないの? ~小中高と全国大会を経験した自分に、初めて訪れた挫折~
  2. 『応援する』というサッカーの楽しみ ~ブラインドサッカーが教えてくれたこと~
  3. わきFC始動 ~子どもから大人まで熱狂できる持続可能な地域のクラブへ~
  4. え、俺が入部できないの? ~小中高と全国大会を経験した自分に、初めて訪れた挫折~

いわき市陸上競技場、いわきFCが試合をして勝利をおさめた場所から

──ふくしまで生きる、ふくしまをつくる、ふくしま人を紹介するふくしま人図艦です。本日紹介するふくしま人は

いわきFCの向山聖也です。

──インタビュアーは私、まちゃるです。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

──本日は、いわき市のいわき陸上競技場からお伝えしております。ちなみにこのいわき陸上競技場、今日は・・・

今日は、先ほど、いわきFC、僕らが試合をして勝利をおさめた場所になります。

──あの、スコアはちなみに?

スコアは、4対1で勝たせていただきました。

──おめでとうございます。

ありがとうございます。

──おめでとうございます。残りは1試合?

残りは3試合になります。

サッカーをはじめたのは、小学1年生からですね。

──では最初のキーワードに移りたいと思います。こちらになります。「え、俺が入部できないの? ~小中高と全国大会を経験した自分に、初めて訪れた挫折~」ということなんですけど。まず、サッカーをはじめたころの話をお聞きしていいですか。いつ頃から?

サッカーをはじめたのは・・・ 兄がやってたので、幼稚園くらいからボールは蹴ってたんですけども、本格的にはじめたのは、小学1年生からですね。はい。

──そこからずっと今まで・・・

そうですね。ずっとプレーヤー続けてますね。はい。

──小学校の全国大会っていうのは、なにか・・・

小学校の全国大会は、主に6年生の時の大会なんですけど、そこで、福島県で1チーム出れるんですけど、県代表ですね。メンバーに恵まれまして、無事に勝ち取ることができました。

──中学校も、その勢いが止まらず

そうですね。中学校の時に、その、小学校の時、同じメンバーだった人たちと、結構集まっていて、

──中学校の部活とかではなくて?

中学校の部活ではなくて、いわき市のクラブチームに加入してまして。

──そこでもやっぱり強くて?

そこがそうですね。そこのメンバーが、だいぶいわきから集まってきて、結果的に全国大会も、各1年生、2年生、3年生で出ることができて、最高でベスト16まで。

──ベスト16

はい。なんとかいきました。

──福島っていうこの地域は、サッカーって盛ん? そうでもない?

うーん。どうなんですかね。高校でいえば、今、尚志高校とかが、全国大会で結果を残しだしてるので、これからどうなるかなって、感じですかね。福島アカデミーとかもできてはいますし。

──そうですね。そういうのありますよね。

そうですね。

僕の場合は、部活終わった後も、ボールずっと蹴ってたりとかが多かったですね。

──中学でもベスト16まで経験されて、高校では?

高校でも、そのメンバーで同じ高校に行って。まぁ、何人か、Jリーグのユースのチームとかに入りましたけど。多くのメンバーがそのまま、同じ高校に行って、1年生と2年生と3年生の時にそれぞれ全国大会に行って、頑張りました。

──その時の仲間とは一生の付き合い?

そうですね。今も

──羨ましいですね。

いわきFCで同じようにプレーしてますし。

──あ、同じように(今も)してるんですね。なるほど。高校は、全国大会っていうことですよね。

高校1年生の時は、天皇杯っていう、社会人とか混ざった大会で福島県代表に。

──社会人含めても

そうですね。

──代表になったって。なるほど。超強いっすね。

いえいえ。その時は先輩がだいぶ強くて、僕らも1年生だったんで、なんとかなった。2年生の時に、有名、というか盛り上がる正月の選手権に出ることになって。

──選手権、国立の。

はい。で、3年生の時はインターハイ。夏のですね、インターハイに出ることができて。まぁどれも、1回戦負けというか、1回も勝てなくて終わっちゃったんで、それは残念なんですけど。はい。

──高校生活自体は、どうなんでしょう。サッカー漬けっていう感じなんですか?

高校生活は、サッカーしかしてませんでしたね。他のメンバーはまた別ですけど、僕の場合は、部活終わった後も、ボールずっと蹴ってたりとかが多かったですね。あんまり、なんか、遊んだっていう経験も。僕は自転車で行き帰りしてたので、みんなと通学路が合わないというか。1人で行って、1人で帰ってたような感じ。

──高校時代の特別な思い出みたいのもサッカーしかない?

そうですね。

──ちょっと伺ったんですけど、修学旅行に行かなかったとか。

修学旅行は、サッカー部、試合が近かったので、メンバーの人は残って練習をするような形でしたね。

──当たり前のように行かない、みたいな選択をするということですよね。

そうですね。それが当たり前でしたね。はい。

──それもちょっとつらいですよね。つらいとは思わないんですか。

僕はラッキーだなぁと。

──へー。

修学旅行、別に行かなくていいやくらいの感じだったので、僕自身はそんなにつらいとかはなかったんですけど。やっぱ他のメンバーは、修学旅行と言えば、高校の一大イベントみたいな。

──まぁまぁもちろん。

ありますから。何人かは、つらそうでしたね。

──そうですよ、みんないないのになんか、教室に籠って自習してるみたいな感じですか?

みんないないんで、図書室でこう、勉強するみたいな。

4月の入部試験では受かることができなくて。はじめて、落ち込みました。

──そんな、その小中高、全国の経験されて、ずっとサッカー漬けの日々を送っていく中で、先ほどの挫折っていう話になると思うんですけど。大学での話ですか?

そうですね、大学、行って、関東の。関東リーグでプレーをしたかったので、関東の大学を選んだんですけど。

──いくつかこっちのほうでもお誘いみたいなものは?

そうですね。何個かお誘いはいただいてたんですけれども、高校の時に、いろんな大学と試合をさせていただいて、もう関東に行かなきゃだめだなと。

──レベルが。

はい。僕もゆくゆくJリーガーなりたいなと、高校の当時は思っていたので、どうしても関東に行きたいと思って、関東リーグに所属してる大学を選択しました。

──で、大学、希望の大学行かれて。

はい。そうですね。僕は一般試験で大学に入ったので、4月に入部試験があるんですね。サッカー部の。僕の中でも、小中高、全国大会経験してるっていう、まぁなんか、当時は自信だったんですけど、今で言う、過信みたいなのがありまして。

──いやでも、小中高、全国出てたら自信ていうか、もう、やれるだろっていうプライドはあると思う。

まぁ、まぁ、天狗になっちゃいまして。で、そのせいか、4月の入部試験では受かることができなくて。はい。はじめて、落ち込みました。

──そうですよね。

はい。

──普通はスポーツ推薦とかで入られると思うんですけど、一般で入られる子はちょっとだけ?

そうですね。人数。30人くらい受けたんですけども、受かるのはほんと一桁ですね。年によっては違うんですけども。僕の代は、5人もいなかったので。

──なかなか厳しいもの・・・

なかなか厳しい世界でしたね。

──で、やっぱサッカーをずっと小中高、本気で取り組むチームにいて、そこにいれなかった。その後は・・・

そうですね。大学もサッカーをしに行ったようなものなので、サッカーができなくなってしまって、目標を失ったというか、何をやればいいんだろうみたいな感じで。まぁなんか、遊びに逃げたりとかはしましたね。普通の大学生がやるような。パチンコ屋にはまりましたね。

1年間、自主トレの期間をつくりまして、2年生の4月にまた入部試験を受けさせてもらったんですけど、結果的にまた駄目で。

──そんな生活があって、また変化があるのが・・・

そうですね。1年、サッカー部落ちて、いわゆる草サッカーと言われるような、社会人チームに入って、プレーしたたんですけど、結局、人数が集まらなかったりとか、社会人チームの問題にぶつかりまして、このまんまじゃだめだなと思って。社会人チームを辞めて、1年間、自主トレの期間をつくりまして。2年生の4月にまた入部試験を受けさせてもらったんですけど、結果的にまた駄目で。

またその後パチンコ屋に逃げるみたいな生活を。

──そこ1回、落ちたのにまた受けるのも僕はすごいと思うんですけど。

まぁ、その時には、友人が僕と一緒に落ちて、また受けるようなことを言ってたので、それに刺激もされて。

──そこに向かって挑戦をしたけれども、また駄目だったっていうような。

また駄目でした。

──小中高、あれだけやったのにみたいな。

そうですね。まぁ、大学1年生の時が、多分、1番追いこんだというか、走りこみとかも相当しまして。それでも結果的に駄目だったので、落ち込みましたね。泣きました。

『応援する』というサッカーの楽しみ ~ブラインドサッカーが教えてくれたこと~

大事な試合とかに応援に来てくれる人が、すごいたくさんいて。

──はい。ということで、ちょっと夜になりまして。ずっと今日のグラウンドの片づけをしてまして。今、あがりまして。場所変わりまして。こちら、どういった所ですか。

ここは、今日の試合の選手控室になりますね。ここでユニフォームに着替えたりとか、身支度をして、こっから出て、試合に行くような感じの場所。暗いんで、ちょっと見づらいですけど。

──後ろ、グラウンドになってます。というところで、二つ目のキーフレーズにいきたいと思います。

「『応援する』というサッカーの楽しみ ~ブラインドサッカーが教えてくれたこと~」ちょっと気になるフレーズ、二つあるんですけども。

まず前回の1個目のところで小中高とサッカーでご活躍されて全国も行って、その後、大学入って挫折したという話だったと思うんですけど、その後をちょっと伺いたいと思うんですけども。

そうですね。2年生の時に、入部試験に2回目落ちて、その後は、大学のサークルとかでもサッカーしてはいたんですけど。やっぱりサッカーの試合がしたいなっていうことで、近くの、友人が入ってた社会人のサッカーチームにまた入りました。

──先ほど話に出てた社会人チームとはまた別のチームで。

はい。別のチームになりますね。

──そこでやってみてどうでした?

そこでやってみて、その当時感じたのは、神奈川県の3部リーグでやってたんですけど、僕の中では、あの、レベルが低いなと、正直感じてしまいまして。その時は。

──どういった形でやられて? 割と若い世代というか・・・

うーん。先輩が多いですね。社会人の方が。

──普通に働かれてて、週1回とか2回とか練習して。

そうですね。

──なるほど。そこでやってみて、レベル低いなっていうのと他には何か?

そうですね。試合に関しては、ほんとになんか・・・ なんて言うんでしょう、見下してたみたいな感じで、結構、調子のってた部分があったんですけど。

──なんか尖ってますね。

はい。ただ、そこで1個気付いたというか、びっくりしたのが、僕がまぁ、プレーヤー目線でレベル低いなと感じてたにもかかわらず、大事な試合とかに応援に来てくれる人が、すごいたくさんいて。

何でこんな・・・ 失礼ですけど、こんな弱いチームなのに、こんなにも応援の人が来るんだろうなと。

──何で来るんだろうっていう、疑問があって。

ありましたね。はい。

僕はもうずっと、プレーヤーとしてサッカーに関わって来たんですけど、そこではじめてなんかこう、応援するっていう関わり方を体験しまして。

──そこから、何かこう・・・

そうですね。そこで、知り合った人たち、応援していただいたんで何か返さなきゃみたいな、損得勘定みたいな、ちょっといやらしいんですけど。

それで、彼ら彼女らが活動してる、ブラインドサッカーの・・・ 彼ら彼女らは、ブラインドサッカーのサポートをしてるんですね。

──ブラインドサッカー、って僕、今日初めて聞いたんですけど。

ブラインドサッカーっていうのは、目が見えない人のサッカーなんですけど、ボールに鈴とかが入ってて、アイマスクとかして。

──あ、マスクまでしちゃうんですか。

そうですね。見える人はアイマスクしたりとか。いろんな、障碍によって差があるんですけど。見えない人もアイマスクしますね。

──足で蹴るというサッカーと一緒のことをするってことですか。

そうですね。音が鳴るボールを使って、サッカーと同じような。まるっきりサッカーではないですけど。

それのサポートをされてたんで、1回、来てもらったんで、お返しに行こうかなって。何かいやらしい感じで、1回。

──そんなことないと思いますよ。そんなに言わなくても。で、行ってみて、お手伝いしていく中で、どういったこと感じられた?

そうですね。それは、大会のお手伝い、っていうか、応援だけの。試合、すごい一生懸命、応援してまして。来てくれた人たちが、そっちでも一生懸命応援してて。

で、もう、プレーがすごいんですね。ブラインドサッカーって。あの、見てもらえば、youtubeとかで検索してみてもらえると分かると思うんですけど、あの、「ほんとに目、見えないの?」みたいな。驚きもあって。それにも乗せられたんですけど、僕はもうずっと、プレーヤーとしてサッカーに関わって来たんですけど、そこではじめてなんかこう、応援するっていう関わり方を体験しまして。

結果的にその、あんまり成績は良くなかったと記憶してるんですけど。それでもなんかこう、感動したというか。こんなにも応援で、そういう感情が高ぶったりとか、選手と同じような気持ちを、共感できるのかと。っていうのがもう、1番の驚きというか、今までにない気づきでしたね。

──それを踏まえて、今まで勝つサッカーというか、上に上に上にっていうサッカーから、サッカー観みたいなのに変化とかってあるんですか?

そうですね。僕がずっと小中高と、大学でもそうなんですけど、プレーヤー目線で、ただただ自分が上手くなることばっかり考えて、サッカーをしてきて。特に小中高なんですけど、ベンチの人数ってやっぱ決まってるじゃないですか。

──はい。

それで、入れない人たちが、やっぱり、応援とか回るんですけど、いや、もう、その人たちを見下してた部分があって。

試合に出たいならもっと頑張ればいいじゃんって、単純に。

っていう感覚がありまして、口では、感謝とかありがとうとかはしてましたけど、根本的にそういうのがあったかって言えば、正直なかったなと。

──はじめて、自分も応援するっていう立場になって分かったっていうこともある。

そうですね。ブラインドサッカー経験して、あ、こんなにもいろんな人が関わって、そもそもサッカーが成り立ってて。で、応援することによって楽しめてっていうのがもう、自分のなかでは、衝撃を受けましたね。

なんとなくそういうチームあったらいいなって思ってたなかで、震災が起きましたね。

──で、応援するっていう、価値観を感じることによって、何かこう、地元のほうでもこんなことしたいな、みたいな。

そうですね。その団体が他にもいろんな活動をしてて、Jリーグ観戦だったりとか。

で、結構、学生が主体となってやってる部分もあったので、同世代のメンバーが多いんですけど、関東の人間が多いので、ヴェルディの応援行ったりとか、浦和レッズの応援行ったりとか、すごい楽しそうに話をするわけですよ。ただそれが、僕にはなかったんですよね。

──特段、こうファンを持っているわけじゃなかったんですね。

どこが優勝してもべつに。

──興味ない。

まぁちょっとべガルタ仙台が優勝すると、東北もがんばってるなみたいな。なんで、結局は、将来的はいわきにそのようなチームがあればいいなと思うようになりました。

──そこで、いわきにゆくゆくチームを作れたらなっていう。

そうですね。

──そう思うようになった後ですかね。震災があったのは?

なんとなくつくりたいなぁとか、なんとなくそういうチームあったらいいなって思ってたなかで、震災が起きましたね。

──震災後はどう。

震災後は、僕はそんなにいわきに帰ってくるということはなく、東京のほうでサッカースクールを立ち上げようっていう話を、他の方としてて。結局それが駄目にはなってしまったんですけど。

そんなような活動をしてて、結果的に帰ってきたのは、震災から1年弱、経った後かな。

──2012年っていうことですかね。

そうですね。はい。

──この後2012年の後に、いわきFC設立という流れになるんですけどもとりあえずここまで。第2フレーズの応援するという、サッカーの楽しみっていうところ。そしてブラインドサッカーっていうもので、向山さんの価値観が変わったというお話でした。

いわきFC始動 ~子どもから大人まで熱狂できる持続可能な地域のクラブへ~

別につくらなくてもいいやって思ってたんですよ。

──キーフレーズ三つ目です。ここで遂に「(3)いわきFC始動 ~子どもから大人まで熱狂できる持続可能な地域のクラブへ~」
これはどういったことなんでしょうか?

あの、先ほどの話で、2012年の2月に帰ってきて、当時は、別につくらなくてもいいやって思ってたんですよ。

──チームを。

今あるチームが、そういう方向性であるんであれば、そこに入って、そういう方向で、頑張っていきたいなと思っていて、色んなチームを見て回ったんです。声掛けていただいたりとか、自分で観に行ったりとかして。

やっぱり結果的にちょっと違うんじゃないか、っていう結論に至りまして、最終的にはじゃあもう、つくろうというところに至りました。それが、6月ですね。

──2012年2月に戻られて、6月。

設立しました。

出来んじゃんと思ったら、その後にどんどん右肩下がりで、下がってって。

──設立した時にはもう、人も揃ってたんですか?

設立した時は、僕もそこ、すごい甘く見てて。なんとかなるだろうみたいな。まぁ、ほんとは2月に帰ってきて、4月、その年の4月には県リーグ参加いけるだろうみたいなところがあって。まぁ、協会とやりとりとかして、結果的に駄目だったんですけど。

ただ、いざ練習してみたら、最初は確かに11人くらい練習に来て、出来んじゃんと思ったら、その後にどんどん右肩下がりで、下がってって。まぁ、2人とかもありましたし。4人っていう期間がすごく長くて、毎回来る人一緒みたいな。

ただその中でも、来てくれた4人を楽しませれば、楽しんでもらえるような練習をすれば、継続してきてくれる。で、そっから、徐々に人の輪が広がって、人数増えてくるんじゃないかって思ってて。

まぁ、何とか、今では14~15人ですかね。練習に来てくれてますね。もっともっと増やしたいんですけど。まぁ、これから。そんな感じで増やして。

──今日の試合は?

今日の試合15人とかですね。

──でもやっぱ隣の(対戦相手の)チーム見てても、そんな状況なのかなって風に感じたんですけど。

そうですね。

──そんなに簡単ではない。

社会人特有の悩みが。僕にも降りかかってきました。はい。

色んなチームがある中で、何でうちなのかっていうところをもっと擦り合わせしなくちゃいけない

──他にその、人を集めるとか、協会に登録するとかそういった以外に苦労をした点とかは?

うーん、そうですね。やっぱり、色んなチームがある中で、何でうちなのかっていうところを、もっと擦り合わせしなくちゃいけないのかなと思って。

その、いわきって言っても、結構チームがあるんですね。知り合いが参加してるチームもありますし、企業チームでも普通に人が入れたりするんで、色んなチームがある中で、何でうちのチームを選んでくれるのか、っていうところの擦り合わせがなかなか難しくて。僕が目指すところは、やっぱり地域に根付いていきたいと。

さっきの話にありましたけど、応援っていうか、スタジアムっていうところが、結構特別な場所だと思ってまして。テレビとかで観るのも面白かったりはすると思うんですけど。スタジアムで応援して、失点されて悔んだりとか、感情の起伏が激しい中で、何とかして勝った試合とか、そこ、一体になると思うんですよね。スタジアムが。

──わかります。はい。

選手ももちろん楽しいし、嬉しいし、応援した人も選手と同じように、「よっしゃ」みたいな。

──うんうん。同じ思いで。

応援したおかげで勝てたみたいな。こう、選手と同じ気持ちを共有できる空間っていうのが、スタジアムにあるので。そんなのを、つくっていきたいなと思うんで。ただその、擦り合わせがやっぱり難しくて。
プレーできればいいやって言う人も中にはいますし、ま、それで結構ぶつかったりとか。僕は結構あれですね、苦労しましたね。
ようやく、徐々に伝わりつつあるというか、同じ思いで動いてくれてる人もいます

──根本の理念というか、いわきFCのスピリットみたいなものを

そうですね。

──他のチームにちょっとまだないものをやるために、設立されたということを、伝えるの難しいですよね。

そうですね。でも1年半やって来て、ようやく、徐々に伝わりつつあるというか、同じ思いで動いてくれてる人もいますし。まぁ、あの、うちのスタッフではないですけども。ビデオ撮影をやってくれたりとか、写真撮影をやってくれたりとか。そういう、応援してくれる人が徐々に増えてて。少しずつではありますけど、いい方向に進んでるのかなぁと。

──僕も、今日、ちょっと、試合、応援させていただいたですけども、カメラ、望遠のすごいやつで撮ってる方とか、ビデオ撮ってる方とか、いろんな方がいらっしゃって。今日、大体、50人くらいいたのかなって。僕の憶測ですけど、思いました。こんなに社会人のチームが応援されてるんだなって、すごい驚きました。

そうですね。今日は、会場も良くて、中村優(インタビュアーの一人応援団まちゃるの本名)さんにも来ていただいて。

今日は、応援が楽しいんだよっていうのをまず知ってもらいたいなって思って、ご縁いただいたんで。

スタジアム、サポーターもチームの一員である

──そうですね。

そういう機会を、来ていただいた人に、感じて欲しいなって思って、イベント化したんですけど。何て言うんでしょう、「応援お願いします」っていうのが、あまり好きではなくて。スタジアム、サポーターもチームの一員であると。お願いしますじゃなくて、なんかこう、「応援って楽しいし、一緒に戦おうよ」みたいな。

──そうですね。

あくまで対等な立場で接したいと思って。なんで、それが人数多いとか少ないとか関係なく、50人だろうが、1000人だろうが、1万人だろうが、あくまで、1万人とか増えたらそりゃ難しくなってくるんですけど、来てくれた人に対して、あくまで対等で接していきたいっていう思いがありますね。

応援してくれる人が、僕らの、プレーでなんか感じてくれたら嬉しいですね。そういう思いで、マッチデープログラム(※注)とか配布しています。試合を観に来てくれた人が、うちのチームのことを知れるように。知った結果、より楽しめるようにとか。そういうことで、県三部リーグではあるんですけど、いろんな、チャレンジをどんどんしていきたいなと思ってますね。

※マッチデープログラム・・・スポーツの試合において発行される情報誌(紙)のこと。当日の対戦相手の紹介や過去の結果などを中心に記載したもので様々な形態がある。日本においてはサッカー、とりわけJリーグの会場で配布もしくは発行されるのが一般的である。(wikipediaより)

スタジアムが満員になったら、満員になったで、エネルギーが大きくなりますから、そしたらそしたで、また大っきい感動とかが湧き上がる、沸き起こると思う

──それが、これからっていうのにつながっていくと思うんですけど、他にも、ゴミ拾いですか。

そうです。ゴミ拾いも。地域に根付こうってことで、はい。地域の方とふれあって、こういうチームがあるんですよ、というのを徐々に伝えていきたいなと。

──あと、子どもたちと。

そうですね。ちょうどこれから、サッカースクールって言ったら聞こえがいいんですけど、サッカーボールで遊ぼうみたいな。小学生向きに、はじめようと思ってまして。そこから、また人の輪が広がって、徐々に、観に来てくれる人も増えて、より、同じ思いを持った人が増えていけば。

ここでもそうですけど、スタジアムが満員になったら、満員になったで、エネルギーが大きくなりますから、そしたらそしたで、また大っきい感動とかが湧き上がる、沸き起こると思うので。

それは理想ですけど、少しずつ、そういう同じ思いの人を増やしていきたいなと思いますね。はい。

いろんな思いを持った人が、あらゆる関わり方をする中で、一つとなって、スタジアムで熱狂するみたいなのが、僕の最終的な理想です。

──最後にですね、いわきに根付くチームということで、この動画見ていただいてる方、それから、いわきFCを応援していただいてる方へメッセージをお願いします。

えー、そうですね。あの、そうですね。とりあえず、スタジアムに来て欲しいっていうのが僕の思いで。応援をしたりする中で、楽しさを、まずうちのチームを知ってもらって、楽しさを感じてもらって、徐々にチームを大っきくしてくっていう。

あくまで対等な立場で、一緒に築いていきたいなっていう思いがありまして。サッカーもそうですけど、スポーツの関わり方っていろいろあると思ってて、プレーヤー、僕らがやってるのはプレーヤーもそうですけど、観る、もちろんテレビで見たりする関わり方もありますし、サポーターとか、あとは陰で動いてくれるマネージャーとか、そういう関わり方がいろいろあって。その全てが、全てに楽しさがあると思ってます。それで、そういういろんな、いろんな思いを持った人が、あらゆる関わり方をする中で、一つとなって、スタジアムで熱狂するみたいなのが、僕の最終的な理想です。

なので、まだ、はじめて観る方も、もう来ていただいてる方も、まずはもっと知っていただけるように、僕らもアプローチしていきたいですし、なんか、壁をつくったりせず、気軽に来ていただけたら、嬉しいなと思いますので。ぜひ一度、試合なり練習なり来ていただければと思います。はい、以上です。

──ありがとうございます。本日のふくしま人図鑑、向山聖也さんでした。

はい。ありがとうございます。

──ありがとうございました。では、また次回、ふくしま人図鑑でお会いしましょう。さようなら。


【参考】向山聖也さん関連サイト いわきFC公式ページ
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※はじめっぺ直売所では季節に応じて様々な福島県産品を販売しております。

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